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それから一時間余り。
事故死だからと、アニキの遺体は解剖に回され、すぐには葬式も通夜も出来なかった。俺はアニキの勤める会社に連絡を入れ、アニキが事故で死んだ事を伝えた。黙ったまま一言も口を利かない佐緒里さんを、とりあえず一緒に家に連れて帰った。
お互いに、一人で居ると気が狂いそうだったから。
アニキが突然居なくなったなんて現実を、受け止められる筈も無かった。
二人で家に入り、リビングにとりあえず佐緒里さんを座らせた。
彼女は、あれから一言も口を利かない。
俺は、黙って珈琲を淹れた。アニキが死んだなんて、どうしても思えなかった。
夢であってくれたら、って。
この珈琲を飲めば、絶対にアニキが帰ってくる――そんな気がしたから。
淹れ立ての珈琲を持って、佐緒里さんの前に置いた。「ちょっと、飲まない?」
珈琲なんて飲む気分じゃないだろうけど、少しでも現実から逃げ出したかった。
佐緒里さんは虚ろな瞳のまま、俺が手渡したアニキが愛用していたカップに目をむけ、反応を見せる。「コレは――」
雅之さん、と呟いて、彼女が俺の淹れた珈琲に口を付ける。「違う・・・・」
違う、違う、と何度も呟いては、首を振る。
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