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  「君は、誰なんだ?」 私の問いに、青年は目を伏せた。 「申し訳ありません。答えかねます」 それはそうかと、聞いて気付く。 殺し屋が標的に身分を明かすことはあるまい。 「突然のことで大変驚かれたかと思いますが、どうかご容赦ください。……僕達も、最善に向けて努力いたしますので」 逃げることは出来ない、と暗に示されているような、皮肉な言葉に聞こえた。 いや、実際に逃げることは叶わないのかもしれない。 私自身、仕事上必要に駆られて、この手の人間たちに仕事を依頼をした経験がある――もっともあの頃は自分が逆の立場になるものとは想像だにしていなかったが。 彼らは仕事を行う際には、2重3重に予防策を張り巡らせているものなのだ。 この状況は、周到に計算され、準備されているものなのではないか。 「僕達」と青年は言った。 今、私がこの青年から逃れることが出来、部屋を出たとして、それで外に出た時、私は無事でいられるのだろうか。 そんなことを考えながらも、しかしそれ以前に、そもそも私自身が逃げる気を無くしてしまっていることに気づいた。 体の奥から力が抜けていくような感覚で、自らの運命に反目する気が起こらない。 目の前の青年が纏う穏やかな空気がそうさせているのだろうか。 それとももう、この果ての見えない仕事に疲れて、こうなることを望んでいたのか。 唐突に、遠く離れた地に暮らしている家族のことを思い出した。 一人息子は今年で19になっている筈だ。 最後に一目、育った姿を見ておきたかった。 何故だろう。 いままで仕事の為なら家族に会えないのも仕方が無いと考えてきたというのに。 「……寒いだろう」 自然と、声をかけてしまった。 顔も思い出せない息子の存在が、目の前の青年と被ってしまったのかもしれない。 「温かいお茶でもどうだね」 自分でも、馬鹿らしいことを口走ってしまった、と思った。 自分を殺しに来た男に茶を供す者などいるだろうか。 しかし青年は丁寧に答えた。 「ありがとうございます。ですが、時間がありませんので、ご好意のみ頂戴します」 申し訳なさそうにしている様子は、本心から言っているように感じられた。 「そうか……」 若く美しい死神だな、と私は思った。 私の命を絶つ者が彼以外の人間でなくて良かったと、穏やかに考えている自分が不思議だった。 「……それで、私はどうすればいいんだ?」
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