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  「こちらにおかけください」 青年は中央にあるテーブルの椅子を指した。 私は無言で腰かける。 後ろに青年が立つ気配がした。 「言い残す事はないか、とか、聞かないのかね」 「申し訳ありません。僕はそういったことを伺うほどの者ではありません」 「冷たいな」 苦笑すると、青年はまた謝罪の言葉を述べた。 私はなんだか申し訳ない気持ちになる。 「すまないね。無理を言った」 「いいえ」 窓の外の雪を見やった。 白い点が後から後から延々と落ちて、それ以外全く変化の見られない外の景色は、まるで時間が止まってしまっているように思える。 静謐で、いつまでも見ていたい気持ちになってくる。 私は少しだけ振り返った。 「無理ついでだ。君の名前を聞いてもいいかな」 「名前は……ありません」 無表情でそう言う青年に、なおも尋ねる。 「そんなことは無いだろう」 彼は少し躊躇ったが、口を開いた。 「トオル、と申します。トオル・サワヒラ」 「トオル……日本人か」 「はい」 「そうか。ではトオル、何をするか、見せないでくれよ」 「わかりました」 椅子の背もたれに体重を預け、ふう、と一つ溜息をつく。 青年が何かを取り出す気配がした。 「目を閉じてください」 後ろから声が降ってきた。 言う通りに瞳を閉じる。 直前に見ていた窓の明るさが、閉じた瞼の裏に残っていた。 首筋に、手袋を嵌めた指がそっと触れる。 手のひらの温度は感じられなかった。
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