序章 遁逃す影

5/5

114人が本棚に入れています
本棚に追加
/104ページ
  どうして…。 『お前は、生き残って幸せになるんだ。』 頬に冷たい手が触れ、真剣な瞳が、見つめてくる。 そんなの、嫌だよ…。 一人でなんて、嫌だ!! 「はぁ‥はぁ…。」 いつの間にか地上に出ていて、空を見上げれば、のっぺりとした月が全てを見下ろしていた。 その光は周りの星々をも呑み込み、夜闇を独り独占している。 眠りついた街に響くのは、パタパタという足音唯一つで。 路地に響くそれすらも夜の静寂が包み込んでいく。 まるで、独りきり、この世に取り残されてしまったようだ。 確かに、独りになってしまった。 そのことを、服にこびり付いた、赤黒い染みが淡々と告げている。 もう…‥。 ねぇ、誰か。 応えてよ。 違うって。 こんなことは、悪い夢だって否定してよ。 ねぇ…。 二度と触れることの出来ない想いを馳せながら、崩れ落ちる。 どうして…。 どうしてなんだよ…。 薄れゆく意識の中見たのは、黎明(れいめい)を告げる、白み始めた空をバックに、最期に見た、あの、優しい笑顔だった。  
/104ページ

最初のコメントを投稿しよう!

114人が本棚に入れています
本棚に追加