境界線の先の先―15cm+α 7

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襟元は大丈夫かしら。スカートの裾は捲れたりしてないわよね。 オフィスに入る前、つい気になってしまう服装。 今日は明日のお弁当の為に、まるまる使ってしまう予定だったのに、急な休日出勤で計画はおじゃん。 でも。 ふ、と頬を赤らめて、栗原は思う。 彼に会えるから、悪くはないわ。 「おはよう」 いつも通り、挨拶をしながらオフィスの扉を開けた。 しかし、いつもなら返ってくる挨拶の声すらも返って来ない。 それどころか、既に着席している課員の視線は、ある一点に集中していた。 課長の視線すらも。 だから、自然とそちらを見て。 息を飲む。 何故。どうして。そんな言葉が頭の中をぐるぐる駆け巡っていた。 「おはようございまーす。どうしたんですか、えらく静かですね」 そんな栗原の後ろから響いた呑気で陽気な声が、すかさず見つけて走り寄った先は。 「眼鏡はどうした、幸野!」 「壊れた」 「はあ? 何やってんだ、お前。あ。もしかして、妹ちゃんに潰された」 パコーンと良い音が響き「妹を莫迦にするな、渡来」 ノートを丸めた物が、渡来の後頭部にヒット。 当たった所をさすりながら「痛ってぇ。あのうっかり妹ちゃんならあり得そう」 「それ以上侮辱するなら、喉潰す」 雅仁の真面目な殺気に、さすがの渡来も、この問題には口を噤む事にした。 代わりに。 「…で、この妙に緊張感が漂っているのは、幸野が原因なんだな」 「俺は何もしていない」 「解っている。眼鏡が無い以外、無愛想で無言で人に気を使わない態度は全然変わってねーし」 雅仁が再び睨んでも、渡来はどこ吹く風と相手にしない。 「課長、全員来たみたいですし、仕事始めませんか。俺、さっさと終わらせて、さっさと帰りたいです」 俺もー、あたしもー、とあちらこちらから思い出したように声が上がり、呆けていた課長も、ようやく目が覚めたように指示を出し始めた。 「…という事で、二チームに分けて、資料作成を頼む。チーム分けは栗原くん、頼むよ」 「あ、え、はい」 名前を呼ばれ、我に返る。皆に向けられる視線の中には、雅仁の視線も。 彼の冴え冴えとした目の色が、決して好意的では無いと示していた。
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