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彼女がいない
「今日もいない…」
そうつぶやく飼い主さんの目線の先には、彼女といろいろな話をしていたあのベンチ。
「どうしたのかしら由紀ちゃん。風邪でも引いたかな。」
飼い主さんが、コートの首もとから顔を出す僕の頭をなでながら、心配そうにつぶやく。
彼女が姿を現さなくなってから、2週間が経っていた。
「今日もいなかったのか、彼女。」
旦那さんがビールの入ったコップを片手に、飼い主さんに問いかけた。
「そうなのよ…。ホントどうしたんだろ、風邪とかならまだいいだけどね。」
「まっうちらが心配しててもな。きっと、何が訳があるんだろ。そんなに思い詰めなくても大丈夫だって、きっと。」
旦那さんが、ほろ酔いしてるわりにはハッキリとした口調で言った。
「…そうよね…きっと大丈夫よね。そうよそうよ、きっと大丈夫。」
「…って言いながら、明日も公園に行くんだろ。」
「えっ…」
飼い主さんが、一瞬固まった。
「やっぱり図星か。」
旦那さんが、ちょっとだけ勝ち誇ったようにコップにビールを注いだ。
「まっ行くのは別に構わないけど、ほとんどにな。」
「わかってます、ほとんどに。」
旦那さん、よく飼い主さんが思ってる事が分かったな。
さすが夫婦。
あたりは一面雪景色。
彼女がいつも座っていたベンチにも、うっすら雪が積もっている。
飼い主さんはいつものように、公園へと向かう。
でも、やっぱりいない。
「今日もいないか。…もう来ないのかな。」
コートの首もとから顔を出す僕に向かって、飼い主さんが溜め息混じりにつぶやいた。
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