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本当の名前も、本当の出身地も分からぬ男だったが、行き先の人々は、この男を信じ込んだ。
いや、信じ込まされたのだ。
なにしろ、この男は兎にも角にも口が上手かった。
店で食い逃げして捕まった時も、酒場で詐欺紛いな事をしてチンピラを激怒させた時も、
この男は得意の嘘とよく回る口で相手を黙らせ、心の中にスルリと入り込むのだ。
この男の話術に嵌った者は、例外無く事の発端を忘れ、むしろ自分にも原因が有ったのではないか?と全く違う方向に話を持って行かれてしまう。
男の小憎たらしいほどの話術は、天賦のものだった。
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