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プロローグ。
「予知夢ってのは、本当に視れるものなのかなあ?」
見渡す限り真っ白な空間。地平線の彼方までも――いや、ここには地平線すら存在しない。何もない世界である。
その空白の真ん中にポツンと二つ、人の影が座っている。
一人はまだ幼さの残る顔立ち。歳は十六、七といったところか。入院患者の着るような真っ白な上下に身を包んでいる。
もう一人はというと、若干くたびれたカーキ色のトレンチコートにチェック柄のキャスケットという、およそこの空間には相応しくない色柄のある出で立ち。歳は二十歳前後と思われるが、見方によっては三十路にも、中学生にも見える。顔立ちが整い過ぎているせいだろう。いまいち判然としない。
「ねえ、聞いてる?」
しばらく待っても反応がないので、白服の少年が先程と同じ質問をする。するとトレンチコートの男は面倒臭そうに『ああ』と短く返事をして、
「そんなものは……ねえよ」
と言った。ひどく投げやりな物言いである。
少年は憤る。
「なんだよ。いつもは『夢を見ろ』だとか偉そうに講釈を垂れるくせに、こっちから夢の話をしたらその態度。いったい何様のつもりだ。だいたい……」
まて、まてまてまて――まくし立てる白服の少年を制止するように、トレンチコートの男が手をかざす。心なしか指先が震えているようである。
「お前えさんの言いたいことは解る……解るんだが、今日ばっかしは勘弁してくれ。実はな、こないだ食った悪夢に『当たっち』まってよう……」
腹の調子が善くねえんだ――トレンチコートの男は、そう言って腹をさすった。
日ごろの行いが悪いからだと少年が悪態をつくと、俺あ真面目に仕事してるだけだとトレンチコートの男が返す。
夢から夢へと渡り歩き、それを食らう――それがこの男の生業。トレンチコートを羽織るこの男の職業は、すなわち『バク』である。
バクは言う。
「だがな。一応これだけは言わせてもらうが、予知夢ってのは決して夢のある話ではねえぞ」
どういう意味だ? と少年は尋ねようとしたが、バクはそれを遮るように――いてててて、やっぱり喋ると腹に響くねい――などと呟いて、そのまま黙ってしまった。
尋ねる機会を逸してしまった少年も沈黙せざるを得ず、そうしているうちに空白の世界――夢は終わりを迎え、少年は覚醒した。
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