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乾いた風を正面に浴び、黒いアルバニスコートをまとった老人がいた。
名はラグヴェル。
歩き疲れたその瞳は、それでもこれから目指す、恐らく最後となるであろう旅路を、じっと見据えていた。
それは彼にとっての唯一の希望であり、生きている証だった。
老人はただ黙って、一歩一歩、その土の感触を確かめるように歩いていた。
早朝の霧がかった灰色の町。
それは美しくもあったが、それ以上に彼を孤独にさせた。
旅立つ言づてをする、相手もいなかった。
残っているのは、彼が愛した女性の記憶と、手元にしまった未完の手紙。
港町と呼ぶにはあまりにも静かなここは、人々が、消えてしまったものにも気付かずに生きている様を、皮肉にもかえって鮮明に描き出していた。
そして老人もまたその中の一人であり、今も突然小鳥が飛び立ち、そちら側に目をやることをしなければ、道端の草かどで倒れている、小さな子どもの姿に気が付くこともなかった。
アルバニア難民の子ども達。
街角で靴磨きをする者や、旅人に花飾りを売ってまわる者。
子どもながらに仕事を探すが、空腹や寒さで力尽きてゆく者もいる。
人さらいに連れられ人に買われるのが幸福か、このまま死ぬのが幸福か。
老人はしかし、やはりどちらにも、子どもの運命を向かわせる気にはなれなかった。
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