旅の終わり

9/11
前へ
/11ページ
次へ
 突然子どもが立ち上がった。 老人ははっとして、子どもの方に目を向けた。 バスは今、何処かの停留所の前に止まろうとしていた。 「・・・ここかい?」 老人が尋ねると、子どもは切なそうな顔で、静かに頷いた。 「行って、・・・しまうのか」 老人は、突然の出来事にその深い悲しみを隠すことができなかった。 今にも目から涙が溢れそうだった。 どうして自分がこんなに悲しくなるのかも、分からなかった。 「家族はいないけれど、みんなが待ってるんだ」 子どもは自分の悲しみを誤魔化す様に、笑って見せた。 ただ、やはりその青い瞳は、零れ落ちるしずくを抑える事はできなかった。 ぽろぽろと涙をこぼす、そのしわくちゃの笑顔で、子どもは続けて老人に言った。 「これ、あげる」 子どもは、所々擦り切れたバックから、手作りの花飾りを取り出し、老人のしわがれた手のひらにのせた。 その瞬間、老人が抑えていた感情が一気に溢れ出した。 「・・・行かないでくれ!!君と、話をしていたいんだ!」 老人は今、先程と立場が全く逆になったように、子どもを引き止めていた。 行ってしまうのも分かっている。 帰るべき場所があるのも分かっている。 それでも彼は、引き止めたかった。 「頼む!一緒にいてくれ!私を独りに、しないでくれ!」 それでも。 「怖いんだ!君を失うのが!怖いんだ。怖いっ・・・。怖いん、・・・だ」 感情が先に出て、言葉に詰まった。 あの時。彼女も同じような気持ちだったのだろうか。 いろいろな思い出と重なり合って、老人は、ただただ泣き続けた。 バスの外では、数人の少年達がその子の姿を見つけ、子どもに向かって呼びかけていた。 「無事だったんだな。良かった。さぁ、来いよ、ラグヴェル」 仲間の声に、子どもは振り向いて頷き、そしてなおも悲しみの治まらない老人に、最後の言葉を投げかけた。 「みんなが待ってるよ。僕は、行くね。ありがとう」 子どもは、その涙を拭い去ることもしないまま、バスの外に駆け出し、そのまま、行ってしまった。  子どもは、行ってしまった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加