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「何処へだ…?」
少年の声を聞いたジークが、愉快そうに尋ねる。
「…帰ら…い、と」
その声は少年に届かない。
記憶も心も無くした少年は、無くしたはずの言葉をただ一つ持っていた。それは途切れ途切れに、けれど繰り返され続ける。
失ったものを求めるように。
少年はただ繰り返す。『主人』であるジークの存在も忘れて。
そのことに怒る様子も無く、ジークは壊れた少年に尋ね続ける。
「お前は何処へ帰りたいと言うのだ?人界か?家族のもとへ帰りたいのか?」
「帰ら…いと…」
「何処へ?」
「帰ら………」
「人界へか」
「帰らないと…」
「家族のもとへか」
「帰らないと…」
広い廊下に、楽しげなジークの声と虚ろな少年の声が響く。
「帰ら、ないと」
「そうか」
「帰らないと」
少年の言葉を聞く度、ジークの笑みは深くなる。
その目は輝きを増し、不意に冷たい色を浮かべた。
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