歌劇

10/11
前へ
/1266ページ
次へ
物好きな吸血鬼と老音楽家の奇妙な晩餐が始まった。 「・・・ああ、先程、貴女は私の崇拝者と、おっしゃいましたな?」 有坂は、自らへの賛辞を話題にする気恥ずかしさを禁じ得ぬとみえ、躊躇(ためら)いがちにそう切り出した。 「ええ。貴方が初めて発表した〝東洋的叙情による夜想曲〟以来の。 筋金入りの貴方の崇拝者ですわ」 私は悪戯っぽく微笑み、その問いに答える。 その問答をきっかけに私達の音楽談議が過熱してきた。 好きな音楽家、音楽経験の話、近頃の音楽界への批評・・・ 気付けば柱時計の針は既に深夜十二時を指し示していた。 「ところで、新曲の発表は何時になるのでしょう? 最近は楽団の指揮者として多忙を極めているとは存じ上げていますけれども」 私は純粋な疑問を投げ掛けてみた。 彼が曲を発表したのは五年前の〝狂想曲〟が最後である。 彼は東京管弦楽団の首席指揮者を務める身である。 しかし、多作を以て鳴らした彼にしては発表には間が開きすぎている。 新曲が聴きたくて痺れを切らしかけていた所であったから、非礼を承知してはいても問わずにはいられない。 「ああ、・・・いや、この五年は歌劇(オペラ)の脚本作りと、その作曲に打ち込んでおりましてな」 微かに辟易の色を浮かべ、顎を撫でると有坂は謹厳で堅物そのものの口調で、そう言った。 「まあ、歌劇を!」 私は、驚愕に目を見開き、身を乗り出して有坂先生の継ぐべき言葉を待つ。 日本人の手による歌劇(オペラ)など前代未聞であったから、私も俄かに強い関心を掻き立てられたのである。
/1266ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4250人が本棚に入れています
本棚に追加