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「いつも、ディアーヌが話すのは、不思議なこと、ばかり・・・なん、です。まるで、お告げ、みたいに」
頷きながらも胡乱げな面持ちの青嵐尼にエロイーズは、辿々しい口調の所為で台無しの声帯模写を用いて在りし日の月天の巫女の託宣を再現してみせた。
本当です。月は全くの死の世界です。
月宮殿も、大きな桂もありません。奇怪な月人も居ませんし、可愛い兎も蛙も・・・気持ち悪い。蛙なんて口にしただけで寒気がします。
でも、セリーヌ。きみは私と違って立派な仏蘭西女になれますよ。このあいだも涼しい顔で蛙料理を平らげたんですから。私、きみのこと騒がしくて苦手ですが、遠巻きに観察するのは好きですよ。
兎も角、月には何にもありません。神さえ居ない清らかな死の沙漠。それが月です。
海?
ああ、海といっても水は無いんですよ。あれは、干上がった窪地です。
豊饒の海、静かの海、賢者の海、危難の海、氷の海、島の海、雨の海、蛇の海、既知の海。
昔の人が夢見た麗しき天上の海原は全て虚ろな影に過ぎません。ジュスティーヌ、独逸贔屓のきみはまさか〝宇宙氷説〟なんて信じちゃいませんよね?
〝月の氷にをしぞ立つなる〟なんて言いますが、月の氷というのは文学上の表現に留めておくことです。まあ、確かに悪くない心象だとは思いますけど、私も。
老いも憂いも無い、無垢なる死の地平。
だからこそ、私は還りたいと思うんです、月に。
愛も無く、歓喜も無く、失望も無く、憎しみも無く・・・一切の煩わしい感情から自由になれるというのなら。
きみだって、幻滅の悲哀に苦しむのは厭でしょう、エロイーズ?
不可ない。感傷的になりすぎました。
月迄の距離は三十九万粁。
でも、地球から毎年約三糎ずつ遠ざかっています。
見てみますか?私の計算。
まあ、月迄の距離を計ったり、机上で月世界旅行に空想を羽ばたかせたりしてみたところで、月に近づける訳ではありませんが。
・・・徒な熱情って、とても煩わしくて嫌いです。
計算に明け暮れれば、凪に辿り着けると思ったのにな。月のわだつみの。
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