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「よし。そうだね、綾乃さん。あんまりディアーヌさんをお待たせしたら罰が当たるね。皆さん、お待たせしました。これから故人ディアーヌ様にお経を上げたいと思いますが・・・どうだろう?皆で一緒に声を合わせてお経を捧げるっていうのは」
松葉の香りを纏った熱い燻べ茶を再びサイダーの様にぐびりと呷って喉を潤した青嵐尼は満座を見渡し、思いもよらぬ提案を投げ掛けた。
「え、お経だって?
ランちゃん。悪いけど、あたしらお経なんて知らないよ。南無阿弥陀仏が関の山さ。マリアンヌ、あんたはどうだい?」
「あたくしも知らないわ。讃美歌なら少しは歌えるけれど。ごめん遊ばせ」
「ランちゃん、さん。ごめん、なさい。
わたし、く、わばら、くわ、ばら、しか、知らない、もの・・・たぶん、みんな、も。ごめんなさい」
法主の私さえも面食らう突飛な発言にクルチザンヌたちは互いに顔を見合せ狼狽と共に導師の発意を否む。
「大丈夫さ。小さな子供でも読めるような簡単な台本を用意してあるから。読経を聞いてるだけより、きっと楽しいよ。我ながら説明が足りなかった。驚かせて御免ね」
不安と不服とを扱き混ぜて揺らぐ瞳に取り囲まれた青嵐尼は努めて優しい語調で客人たちを宥める。
彼女は激昂すると支離滅裂な論理を早口で捲し立て勢い任せで論敵を説破する悪癖を持っていたけれど、平生の傾聴を重んじる姿勢と爽やかで柔らかな涼風の如き語り口には、惑乱を癒す無上の効験が備わっていた。
「これをごらん。面白いでしょう?
はい、綾乃さんと馨さんもどうぞ。まあ、綾乃さんはそらでも平気だと思いますが」
優しい物腰、或いは南国の太陽の様に魅力的な笑顔に絆されたクルチザンヌたちがぴたりと黙すや(青嵐尼の少年めいた風情は特にマリアンヌ嬢を魅惑したらしい)青嵐尼は持参の御札塗れの旅行鞄から取り出した手刷りの引札らしきものを参会者たちに手際よく配り始める。
美しい歯を季節外れの梅花の様に月明かりに閃かせる青嵐尼の差し出した引札に目を落とすと、其の紙面には素朴な筆致で描き出された数々の絵が犇めいていた。
逆さまの羽釜。般若面。太鼓腹。蜜柑。僧侶や食事を採る男の顔といった人物画に九曜の紋章までもが、まるで遥けき埃及の墓所を荘厳する神聖文字の様に鏤められている。
「ああ、導師様。これは一体如何なる経典なので御座いましょう?密教の祭儀に纏わる暗号で御座いましょうか?禁教下の伴天連の手による教義書の一部で御座いましょうか?それとも、支那の猶太人から伝来した秘儀式教の魔術書でしょうか?」
不思議な版画を目の当たりにした半社交界の花たちの内、質疑の魁を担ったセリーヌは黒い面紗の奥の隻眼を不吉に煌めかせつつ妖美な妄想を高吟してみせた。恥ずかしさに顔を覆うジュスティーヌの嘆息など、顧みることもなく。
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