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「導師様!どうか読経を続けさせて下さいまし!
御姉様が月の都へお還りになるには、これではいけないのですわ。きっと、わたくし共は未だ御法の天衣を仕立て終えてはいないのです。
さあ皆様。どうか御一緒にお経を。声を合わせてお経を。もっとお経を、もっともっとお経を」
振り返る暇も与えず青嵐尼の法衣に縋りついた隻眼の淑女は、蛙の様な嗄れ声で必死に懇請に及んだ。
病か或いは怪我の為に損なわれたらしいセリーヌ嬢の喉は既に疲労の極みにある筈だけれど、まるで杜鵑の如く、血を吐くのも厭わぬばかりに叫びを迸らせる。
「セリーヌ、静かにしな。ランちゃんを困らせるんじゃないよ」
「わ、たし、たちも、気持ちは、一緒・・・でも、わがま、ま、は、駄目。
きっ、と、ディアーヌ、は、こんな、わたしたちの姿、見たくない、はず・・・だよ」
激情に駆られたセリーヌ嬢を宥め、青嵐尼から引き離したのは、すっかり御目付役が板についたジュスティーヌとエロイーズである。
「ジュスティーヌ。エロイーズ。貴女たち、これで御姉様が月に還れたとお思いですの?
マリアンヌ、貴女も。
感じますでしょう、御姉様の気配を。未だですわ・・・未だ、御姉様の御霊は重力の鎖から解き放たれてはいません。未だ、未だ、未だ、未だ、未だ、未だ、未だ」
朋輩たちの説諭で正気を取り戻し〝嗚呼。御無礼を〟と法衣の袂から手を離したのも束の間、再び寄せ来た情念の波に理性を押し流されたセリーヌは黒い面紗越しにも明かな真っ赤に血走った眼で辺りを見渡して執念く訴え続ける。
きっと、足りないのです。
何かが足りないのです。
奇跡を成就させるべき何かが。
月世界への扉を開く鍵が。
嗚呼、月は猶も遠い儘。
いいえ、そればかりか月は猶も遠ざかってゆくばかり・・・
月迄の距離は三十九万粁。いいえ、距離などは意志の前には無きに等しい些末ごと。
絶望的なのは、月は地球から毎年約三糎ずつも遠ざかっているということです。
嗚呼、わたくしたちは・・・
永劫に埋まらぬ三糎を追い続けるアキレスなのでしょうか?
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