第二十五章 葬送あるいは月世界渡航

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・・・いいえ、それは兎も角。 これでは折角の法会(ほうえ)が台無しだわ。 一体どんな名句を用いれば、此の悲劇を大団円へと導く事が出来るかしら? 参列者たちの理想に適う奇跡を顕現せしめる虹色の鍵は、どうやら絡繰仕掛の神(デウス・エクス・マキナ)の託宣に他ならないらしいわね。 月世界の風光に浸って等閑(なおざり)にしていた宰領の務めを果たすべく、青嵐尼の傍へと歩を進めんとした正にその刹那。 誰かの腹の虫が寂寞(じゃくまく)を引き裂き高らかに吼えた。 「ああら。これは御免あそばせ。ほほほ、お腹が空きましたわあ、あたくし。綾乃先生もそうではなくって? セリーヌ、いい加減に御導師様を放しておやりなさいな。本当に不可(いけ)ない時代だわ。(しるし)を求めずには信じられない、だなんて。貴女も存外に即物的なおつむの持ち主なのねえ? ほら、ジュスティーヌ。エロイーズ。貴女達も腹ぺこなんでしょう? 今更etiquetteも何もありゃしないわよねぇ。さっさと御馳走になりましょうよ。宜しくって、先生に家令さん? ・・・ああ、そうだわ。存外、ディアーヌもお料理が楽しみなのかも知れないわねえ。 あの子も空腹の儘では天に還れないのだわ。ええ、きっとそうよ。最後の晩餐を欠食だなんて、イエス様より酷い受難ですものねぇ」 腹の虫の飼い主─マリアンヌ嬢は、私達の視線を一斉に浴びてなお素知らぬ顔で傲然と佇み、夜会の余興の拙劣さを(かこ)つが如き調子で御斎(おとき)の潮なるを訴えるのであった。
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