第二十五章 葬送あるいは月世界渡航

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広げた黒い卓子掛(クロス)の上で、異形の星座を描く漆黒の皿と燻銀のカトラリー。 〝月に最も近い場所〟秋のもなかの白い廃園で月天の巫女への(うまのはなむけ)が幕を開く。 「それでは僭越ながら・・・御挨拶申し上げます。法会の開催に御尽力くださった皆々様に満腔の感謝を捧げます。未だ重力の鎖に捕らわれたディアーヌお姉様の御霊(みたま)が縛めを逃れられますよう、在りし日のお姉様の俤を偲びつつ思い出話の花束を献じようでは御座いませんか。 どうか耳を澄ませて御覧下さいませ。この庭園の彼方此方から聞こえてくる筈ですわ、お姉様の息遣い、それに、衣擦れ・・・ ディアーヌお姉様が念願の月世界へ旅立てますよう、一層一層一層、より一層の祈りを込めてお姉様と共に最後の晩餐を囲みましょう。献杯」 献杯の辞を委ねた黒衣の淑女は、冥府の底に木霊する沈鬱で物狂おしい弥撒(ミサ)曲の様な声調で至極尋常な口上を述べ、葡萄酒を満たした切子の杯を高らかに掲げた。 〝献杯〟 続く我々六人(むつたり)も常ならぬ悲愴な声音と共に月に向かって杯を掲げる。 恐らくは病によるものであろうざりざりとした嗄れ声は聞き取り難かったけれど、悼辞の響きに宿る澄明無垢の情熱がもたらす感銘は(さなが)ら静かに満ちゆく潮の如くに一同の胸を浸し、私達は須臾(しゅゆ)にしてセリーヌと同じ海域に揺蕩う漂流者となった。   「導師様や私達にもディアーヌさんの事を沢山教えて頂戴? 貴女達の百分の一でも、亡き人を偲ぶ気持ちを分かち合いたいわ。ねえ、貴方もそうでしょう馨?」 「はい。 私めにもお聞かせ願えれば嬉しゅう御座います。月天(つき)の巫女なるディアーヌ様の思い出を」 情動の自家中毒に陥るばかりで己が弁舌の効用にはまるで無頓着なセリーヌは、献杯を終え銘々に食事を取り分ける段に至っても言葉少なな朋輩らの様子に困惑を禁じ得ぬ様子であった。 火夏星の隻眼を(みは)り、無言の儘に狼狽えるセリーヌの姿を見かねた私は従僕と共に進んで昔語りを請うた。
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