第二十五章 葬送あるいは月世界渡航

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「・・・ディアーヌの奇天烈な物言いもお芝居だったってことかい? わざわざ物狂いの真似なんかして何の積もりだったんだろうね、あいつ」 蒲公英の綿毛のような調子のエロイーズの呟きは列席者の耳に届く前にふわりと舞い散ってしまったけれど、彼女との会話に熟達したジュスティーヌのみは確りと友の幽けき声を聞き取り、斯く問いを投げ掛けた。 「わからない。ほんとの、ことは。 ・・・それに、あのこの、心、の中を、あれこれ推測する、のは、申し訳な、いけれど。 もしかすると、自、由で、ありたかったのかも。いろんなもの、から。 誰も、求めない。誰からも求め、られない。そんな、境地に還りたかったの、かな? いろんな期待、とか、幻想、とか・・・押し付けられたく、なかったのかな?」 傾聴せんとする満座の視線を浴び、一層赤く灼鉄の如く燃え立つ(かんばせ)を伏せたエロイーズは酷く早口になって消え入りそうな声で一生懸命に(いら)える。 「おほほほほっ!御覧なさいなセリーヌ。エロイーズの(ざま)ったら燃え尽きかけの線香花火みたいねぇ。ああ、可哀想で可愛らしいこと。 ・・・でも、案外エロイーズの推測は正しいのかも知れないわねぇ。 あの()ぐらいの頃のあたくしも、正直うんざりしていたものですわ。 称賛にも期待にも。思えば贅沢な悩みだけれど、我慢ならないものは仕方ないわよねぇ? 少女であることって、時に堪えがたいほど重苦しいのですもの。無色透明の空気にでもなってしまいたい、と思いたくなるのも理解できないことじゃあ無い気がするわ。 あ、いいえ。生半可な〝理解〟なんてものは〝無理解〟よりもよっぽど穢らわしく思えるわよねえ」 つい先程の抗議などまるで忘れた風情のマリアンヌ女王は、何時まで経ってもサロンの華たるべき器量が身に付かぬ後輩の不出来を高らかに憫笑した。 意地悪の共犯を強いられたセリーヌは御斎に臨んで(かず)いた黒い面紗(ヴェール)を再び下ろして眉を(ひそ)め、無言の諫言を呈してみせる。 貞淑な貴婦人めいたセリーヌの徳行と、無頼のような眼差しで上目使いに睨めつけるジュスティーヌの義憤を軽やかに鼻先で笑殺したマリアンヌは暫しの黙考の後、散々嘲罵したエロイーズの言を嘉納するに至った。 口の端に米粒をつけた青嵐尼は至極厳粛な面持ちで頻りに頷きつつ、マリアンヌの言に耳を傾けている。 少年めいた面立ちによく似合う皓歯は、甘い共感の蜜に浸ることも冷徹な拒絶の殻に籠ることも否む己が主の心構えを示し、暁闇の宮居の宝剣のように唇の(あわい)に涼やかに瞬いていた。
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