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「好き嫌い、か・・・そういやあいつ、缶詰の桜桃いつも食べてなかったかい?」
「うん。桜桃、だけは、別、だったよね。あんまり、食べ物には、執着、しなかったのに。
あと、珈琲も。いつも、珈琲、飲んでいたよね。
何、か特別な、こだわり、があるみたい・・・だった、から、自分で淹れた珈琲しか飲まなかった。
でも、美味しかった、な・・・」
馨の呼び掛けに導かれ、ジュスティーヌらは思い付くまま亡き友の好んだものを挙げてゆく。難問に塞かれて澱みかけた会話は再び石ばしる渓流の如き勢いを取り戻すこととなったのである。
「着物は水玉模様が多かったかしら。
藍色の地に五色の水玉を散らした着物は天体図めいていて、あの子らしかったわよねぇ。
あと、妙に雪華模様もお気に入りだったかしら。月の意匠の着物は、月相を描いたのと、三日月模様のぐらいしか見た事がないわねぇ。
耳飾や帯留みたいな宝飾品や小物は月の意匠のものばかりだったけれど」
桜桃の缶詰に寄せる偏愛。ベートーヴェンふうの厳格な珈琲哲学。着物の好み。
人物像と思想そのものは幾ら言葉を尽くせど鵺の如く捉え難かったけれど、趣味嗜好については極めて明瞭に理解出来る。
・・・ひょっとすると、ディアーヌ嬢が自らの愛するものを明示してみせていたのは、秘密主義者の彼女なりの朋輩達への親愛の念の発露だったのかも知れないわね。
仮令この推測が正しかったとして、甚だ分かり難い友愛だと言わざるを得ないけれど。
「何にやついてんのさ。あんたも色々教えてくれよ、セリーヌ。あたしらの中じゃ、あんたが一番ディアーヌの奴と仲が良かったんだからさ」
我が従僕が焼べた言の葉を薪となして盛りを取り戻した歓談の炎を前に隻眼を細めるセリーヌの様子を見咎めたジュスティーヌは、不審げな眼差しを向けて小言を連ねる。
花柳界の住人ながら、ジュスティーヌには小市民的な仕草が染み着いている。
もしも女学校に通っていれば喧し屋の級長にでもなっていたのではないかしら?
それも、卒業から半年の後には、すっかり襷掛けや割烹着がよく似合っているような─
「嬉しいのですよ、ジュスティーヌ。
ディアーヌお姉様の事を、貴女達が此程までに記憶に留めてくれているのが。
・・・お好きなものといえば、お姉様はラジオで、あ、いいえ。何でもありませんわ」
ジュスティーヌの詰問調に気分を害したふうもなくセリーヌは修道女の様に円満な笑みを湛え、ざらざらと異音の混じる潰れた声で応える。
妹(どう見ても姉より十は年長だけれど)を以て任ずる彼女もまた、狂える月の巫女が在りし日に愛した種々を物語らんとするも、幽かな嘆詞を溢したのち不意に口籠った。
「ああ、ラジオ。そうそう、意外だけれど、浪花節をよくラジオで聴いていたわねえ。何の積もりだったのかしら。らしくない趣味だこと」
セリーヌが敢えて隠匿せんとした話題を強引に引き継いだマリアンヌ嬢は、悪行に対する四方の反応には頓着することもなく涼やかな面持ちで葡萄酒の杯を傾ける。
酒精を得た事で肌の艶も瞳の色も輝くばかりに冴え渡るマリアンヌの居ずまいには、一切の反抗を許さぬ峻厳なる威風が後光の様に纏わっていた。
※解説は次頁
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