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横浜港に颯爽と降り立った制服凛々しきヒットラー・ユーゲントの青年らが高らかな歓呼に迎えられた葉月の中頃。
阪神間のさる名望家の訃報と消え失せた彼の遺産を巡る騒動とを、私は避暑地のホテルで伝え聞いた。
白樺の林、楡の葉叢のあわいを駆け抜け、私の長い髪を揺らす悪戯者の風の精にうらみ言を一つ。
忠実なserviceも過ぎれば疎ましいだけだわ。
紺碧の空よりも目映い琺瑯質の夏雲の峰。卓子の上には檸檬水のグラスが二つ。
連日庭球を楽しむ若き外交官夫人の言に曰く─
〝肝心な箱の中身は空っぽだったのですって。とても綺麗な大きな宝箱らしいのですけれど。遺産目録には確かに明記してあったというのに、遺されたのは箱だけ。妙な話ですわね〟
奇妙な風説の俎上に載せられた銀行家、牧岡慎之助の名。
彼の遺した虚ろな玉匣の存在。
私は、その何れも既に知っていた。
世にも美しい巨大な白木の匣。
其処に納められたものの正体も。
可惜夜という箱書の意味することさえも。
走馬灯の様に廻りはじめる、記憶。
物憂い昼下がりのterrasseを渡る風の音に誘われて、鮮やかに。
記憶が、蘇りゆく。
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