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私の了承を得るや、がばりと喜色に満ち溢れた面を跳ね起こした多賀さんは、あらん限りの謝辞と賛辞を数珠繋ぎにして私に献上してみせた。
〝観世音大菩薩様〟〝母なる元后ビルゼン・サンタ・マリア様〟〝大権現様〟〝綾乃大明神様〟〝大聖女様〟〝西王母様〟〝当世のクレオパトラ様〟と、まるで暹羅の王都の名前と競わんとするかの如く、煌めきたつ雅称の数々を矢継ぎ早に振り撒く。
絵葉書でのみ知る遥けきバンコックの都。
その真名は、クルンテープ・マハナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロック・ポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット。
〝天使の都、雄大な都城、帝釈天の不壊の宝玉、帝釈天の戦争なき平和な都、偉大にして最高の土地、九種の宝玉の如き心楽しき都、数々の大王宮に富み、神が権化して住みたもう、帝釈天が建築神毘首羯磨をして造り終えられし都〟
の意という。
王城の地の久遠なる繁栄を祈る麗しき祝詞の宝冠にして、その権威を聖化する讃歌の光輪。
そんなバンコックの真名の長さも、深謝する多賀さんから溢れ出す百種の尊号に瞬く間に追い越されてしまう。
私を十重二十重に取り囲む燦然たる尊号の数々は、宛ら虚ろな唐櫃を彩る螺鈿と蒔絵のよう。
如何に麗しくとも、畢竟それは実態とは何の連関も持ち合わせぬ徒らな栄光。
私は菩薩でもなければ聖母でもなく、明神でも権現でも聖女でもなければ、仙女でも埃及の女王でもない。
捧げられた名の何れもが私の実像から完全に遊離し、其処から私の影絵を描き出す事が叶うとは信じられなかった。
名尽の頁を幾ら捲ってみても、私を偲ぶ縁を見付けることは難しい筈。
きっと、広大な沙漠の中から一粒の砂金を探し当てるよりも、ずっと。
※暹羅:現在のタイ王国。タイ王国への国名変更は1939年6月24日。
クルンテープ・マハナコーン~:タイ王国の首都バンコクの正式名称は、タイ国政府観光庁様HPを参照しました。
毘首羯磨:インド神話から仏教に取り入れられた建築、彫刻、美術などの技芸を司る神ヴィシュヴァカルマンのこと。
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