歌劇

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馨が手紙をポストに投函してから十日ほど経ち、有坂からの返書が我が家に届いた。 「綾乃様、御返事の手紙が届きましたよ」 「有り難う」 ソファに身を預けたまま、馨が恭しく銀盆に載せて差し出した手紙を受け取り、微笑みながら我が従僕を労(ねぎら)った。 それから、期待に胸を弾ませて便箋の封を切り、文面に視線を落とす。 「〝ご招待、誠にありがとうございます。 ご勝手ながら来たる四月七日に伺いたく存じ上げます〟 ・・・どうやら来て下さるみたいね。 馨、葡萄酒(ワイン)や料理の準備は万事打合せ通りにお願いするわ。 最高の御遇しを以て愉しませて差し上げるのよ」 私は傍らに佇む、からくり人形の捧げ持つ銀のトレーから暗赤色の液体で満たされたヴェネチアン・グラスのデカンタを受け取り、杯に並々と満たした。 濃密な鉄の臭いを堪能しながら、私はゆっくりと杯に口を付け一息にそれを飲み干す。 久方ぶりに口にした血によって身体中が徐々に抗い難い甘美な快感に侵食されていくのを感じながら、 私は傍らに無言で屹立する欧州の少女を模した美しい自動人形の長い金髪を指先で弄う。 「ひどく上機嫌でいらっしゃいますね綾乃様。 貴女様のそうした御姿を眼に致しますのは久しぶりで御座います」くつくつと喉を鳴らしながら馨は孫と戯れる老人のような調子で、そう言った。 未だ若々しい姿の馨ではあるものの、彼もまた幾百もの齢を重ねた妖である以上、外貌と精神との不一致が生ずるのも無理からぬ事ではあるけれども、それを差し引いてもなお若君に仕える爺やに好きこのんで身を準える事もあるまいに、と嘆息を禁じ得ない。
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