8,ずれ

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 夜になり、健太郎が会社を終える時間が過ぎると、樹里は駅前に向かっていた。 樹里は感が良い。 女の感というか、実際大体の女性は嘘に敏感である。 健太郎からのメールは、樹里が違和感を持つに十分な内容だった。 第一に、文字数が多い。 普段、メールでは要点しか送って来ない健太郎が、あれだけの文字数を送って来る事はおかしいのだ。 第二に、具体的過ぎる。 部長の接待だとか、居酒屋だとか、具体的過ぎるのだ。 人間は、必死に嘘をつくと本当を織り交ぜるものだ。 その為、具体的な部分が増える。 第三に、謝っている。 健太郎は決して、すぐに非を認めるタイプではない。 なのにすぐ謝ったのは、何か後ろめたい事があるからだと推測できる。 樹里がここまで理屈くさいのは、父の小説のせいなのかもしれない。 とは言っても、推理小説を書いているわけではない。 小説の内容に対して、理屈で掘り下げるのが得意なのだ。 樹里は、父の背中を見て育ったと言うより、父の文章を読んで育ったと言う方が正しい。 自然と、理屈で掘り下げるのが得意になっていた樹里にとって、健太郎の嘘を見抜く事は容易かった。 駅前に向かっているのは、メールの中に居酒屋とあった部分に着目したからだ。 必死の嘘の中には、本当が織り交ぜてある。 その本当は、たいてい具体的である。 樹里は駅前の居酒屋へ、歩を進めていた。
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