8,ずれ

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 家に着いた健太郎はダイニングテーブルのイスに座り込んだ。 その場から、部屋全体を見ると綺麗に掃除されている。 掃除してくれるのは、いつもの事なのだが今はため息を誘う。 嘘をついてまで、樹里と会わない様に仕向ける事が胸を痛ませるのだ。 しかし、後戻りは出来ない。 指輪を買ったのだから。 人生で1番高い買い物だった。 失敗は許されない。 樹里との結婚の為だ。 樹里の為だ。 そう繰り返す健太郎は、何かを振り払うかの様にテーブルに肘をついた。 肘をついた場所のすぐ横に、1枚の紙切れが置いてある。 健太郎はそれに気付くと、逆の手で紙切れを掴み上げた。 樹里からの書き置きだ。 過去に1度として無かったシチュエーションに少し戸惑いながら、健太郎は読み始めた。 『ごめんなさい。 信用してなかった訳じゃないんだけど… 居酒屋に見に行きました。 部長の接待って言うのは、嘘だったんですね。 もう…信じる事が出来ません。 別れてください。 さようなら。 樹里』 健太郎は驚きで、言葉が出なかった。 樹里は昨日、居酒屋に見に来ていた。 あの場面は、端から見れば合コンだ。 樹里もそう思っただろう。 しかし、誤解だ。 別れるとまで言わなくてもいいはずだ。 何の為に、プランを練ったのだ? 決まっている。 「樹里の為に、プロポーズの為についた嘘だぞ!」 健太郎は、自分で言った言葉に胸を締め付けられた。 そうだ。 どんな形であれ嘘をついた。 裏切った事には変わりないのだ。 プロポーズを決めてから、樹里に何回嘘をついだろう。 マスターにまで嘘をつかせて。 樹里の性格だ、本当の事を言った所で、別れるという決意は変わらないだろう。 気付くと、涙が流れていた。 情けない。 本当に情けない。 健太郎は悔しくて、拳から血が出るまで何度もテーブルを叩き続けた。 部屋には、健太郎の「うぅぐ…」という言葉にならない声と、テーブルを叩く音だけが響いていた。
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