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家に着いた健太郎はダイニングテーブルのイスに座り込んだ。
その場から、部屋全体を見ると綺麗に掃除されている。
掃除してくれるのは、いつもの事なのだが今はため息を誘う。
嘘をついてまで、樹里と会わない様に仕向ける事が胸を痛ませるのだ。
しかし、後戻りは出来ない。
指輪を買ったのだから。
人生で1番高い買い物だった。
失敗は許されない。
樹里との結婚の為だ。
樹里の為だ。
そう繰り返す健太郎は、何かを振り払うかの様にテーブルに肘をついた。
肘をついた場所のすぐ横に、1枚の紙切れが置いてある。
健太郎はそれに気付くと、逆の手で紙切れを掴み上げた。
樹里からの書き置きだ。
過去に1度として無かったシチュエーションに少し戸惑いながら、健太郎は読み始めた。
『ごめんなさい。
信用してなかった訳じゃないんだけど…
居酒屋に見に行きました。
部長の接待って言うのは、嘘だったんですね。
もう…信じる事が出来ません。
別れてください。
さようなら。
樹里』
健太郎は驚きで、言葉が出なかった。
樹里は昨日、居酒屋に見に来ていた。
あの場面は、端から見れば合コンだ。
樹里もそう思っただろう。
しかし、誤解だ。
別れるとまで言わなくてもいいはずだ。
何の為に、プランを練ったのだ?
決まっている。
「樹里の為に、プロポーズの為についた嘘だぞ!」
健太郎は、自分で言った言葉に胸を締め付けられた。
そうだ。
どんな形であれ嘘をついた。
裏切った事には変わりないのだ。
プロポーズを決めてから、樹里に何回嘘をついだろう。
マスターにまで嘘をつかせて。
樹里の性格だ、本当の事を言った所で、別れるという決意は変わらないだろう。
気付くと、涙が流れていた。
情けない。
本当に情けない。
健太郎は悔しくて、拳から血が出るまで何度もテーブルを叩き続けた。
部屋には、健太郎の「うぅぐ…」という言葉にならない声と、テーブルを叩く音だけが響いていた。
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