9,プロポーズ

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 朝日が薄らと登り、健太郎を照らした。 眠れるはずもなかった。 目の前に置かれた婚約指輪が、1円の価値もない様に見える。 渡す相手がいなくなったのだから。 借りたままで、まだ観ていないレンタルビデオも。 樹里の趣味で買った、アンティークも。 自分では使わない調理器具も。 樹里用のマグカップや歯ブラシも。 全てが意味をなさなくなった。 物の価値なんて、状況で左右される。 しかし、自分はどんな状況であっても情けなく、どうしようもない。 そう思えてならなかった。 仕事にさえ行く気になれず、休みの連絡を入れる。 また、そこが情けない。 失恋程度で、仕事も出来なくなってしまう。 人間なんて、自分で思っているより弱いものだ。 テレビドラマや映画での失恋なんて気にも止めなかったが、いざ自分に襲い掛かると自分だけが1番不幸だと思い、自分だけが1番かわいそうになる。 情けなさすぎる。 何もしないまま夕方になったが、胸の痛みは取れるどころか、実感とともに増していく。 24時間以上何も食べていない事に気が付いたが、胸の痛みのせいで空腹になってもいなかった。 とはいえ、失恋で食事が喉を通らないなんて、情けないパーツを増やすだけだと思い、健太郎は冷蔵庫をあけた。 目の前の棚に、炒飯が用意されている。 きっと樹里が余りご飯で、作っておいてくれたのだろう。 出し切ったはずの涙が、また溢れてきた。 なんて事をしてしまったんだ。 なんていい女を手放してしまったんだ。 後悔の念は、健太郎の目から溢れ続けた。
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