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携帯の電源、切ってしまおうか。
そんなことも思ったが、
切れるはずがなかった。
もしも"彼"から連絡が入った時、
携帯が繋がっていないのは嫌だから。
彼のことは、何よりも優先したいから。
カウンターの中に入り、
新たに注文の入ったカクテルを作っていると、
お店の中がちょっとざわついていることに気づいた。
なんだろう。
店の入口に目をやる。
背の高い人物が立っている。
それが誰か気づいた私は、
思わず、カクテルグラスを落としそうになった。
「あら、珍しい。」
鈴ねえが、呟いた。
「男の子が、ピンでここにくるなんて。」
「待ち合わせですか?」
フロアーにいた雪ねえが、
声をかけたその男は、
英児、だった。
驚きのあまり、
あんぐり口を開けて見ていた私を、英児は指差した。
「あの人と、待ち合わせなんです。」
そう言うと、
英児は真っ直ぐカウンターまでやってきた。
姉たちは、意味深に笑みを浮かべると、なにも聞かずに自分たちの仕事に戻った。
私はどんな顔をしていいのかわからず、無言のまま、つい英児から目をそらしてしまった。
でも、
私のカクテルを作る手元や顔に、
彼の視線を感じて、
黙っていることが苦しくなった。
「ここのこと、知ってたの?」
なるだけ動揺を悟られないように、私はゆっくり喋った。
「まあ、人づてに?」
「そう。」
秋も深まってきていた。
外は冷え込んでいたのだろう。
チラッと目線を上げて見たら、
英児の鼻の頭が赤くなっていることに気づいた。
私はホットココアを作り、
英児の前に差し出した。
「これ、お酒?」
いたずらっぽく笑う英児の額を、
私は軽く指で弾いた。
「うちは高校生にお酒なんて、出しません。」
「なんだ、やっぱり?」
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