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お店のぼんやりした薄明かりの中で見る英児は、
いつもよりずっと大人びて見えた。
それでも、実際は私よりも4才は年下のはず。
そんな子供に翻弄されている場合ではない。
素直にココアを飲む英児を眺めながら、
こいつの本心をどうやって探ろうかと私は考えあぐねていた。
「いぶちゃんは、苦しくなんないの?」
カップの中のココアを見つめながら、英児は、呟くように言った。
「俺は苦しい。
好きな人の側にいるのに、
その人の一番にはなれないのって、時々やりきれなくなる。」
それは、わかる。
すごく、理解できる。
でも仕方がない。
最初から、そのことをわかった上で、続けている関係だから。
弱音を吐くわけにはいかない。
特に、彼、には。
私は英児に、
恐る恐る聞いてみた。
「あんたも、その…私みたいな関係なの?」
私の言葉に、ゆっくりこちらに向けた英児の瞳は、
今までみたことがない真剣な眼差しで、私は目をそらすことが出来なくなった。
そして英児にじっと見つめられながら、
意外な場所で、英児とばったり鉢合わせしてしまった日のことを、鮮明に思い出していた。
それは、何週間か前のよく晴れた日だった。
私は本命の彼と、
久しぶりに休日デートをした。
私達は、秘密の付き合いであるため、知り合いに会ったりすると困るので、隣の県まで、足を伸ばした。
初めて行く水族館。
誰も知らない人ばかりの中で、私たちは、少し、いやかなり、気が緩んでいた。
気は確かに緩んでいたが、
習慣ってこわいもので、
知らず知らずのうちに、人目を避けていた。
人影のあまりない、館外の木陰で、我慢できずに、私たちは普通の恋人たちのように、そっと抱きあい、軽いキスを何度も交わした。
とても幸せだった。
満ち足りた気持ちで、
私は彼の腕に体を預けていた。
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