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裏口の古びた引き戸を開けると、風圧で埃が舞い上がった。
手で口を覆いながら中へ入り、室内をざっと見渡す。
「本当に人は住んでいないんですか? 家具がありますけど」
薄暗い室内には、脚の部分が折れた木製テーブルや革の破れているソファ等があった。
滞在中に宿泊していたホテルは小綺麗だったが、民家となればこれほど酷いのか。
国の情勢に興味は無いが、日本では当たり前の暮らしすら出来ていない民間人が可哀想に思えてくる。
塚本は埃を被ったソファを見つめながら溜め息を吐いた。
「ここの主人は、2週間ほど前に亡くなりました。麻薬の密売をしていたんですが、それを止めたいと言って組織の連中に」
部屋の中央で足を止めた桃井は、塚本に背を向けて話す。
若干動揺したものの、それもこの国では仕方ないと思えた。
灯り取りの小窓から西日が射し込み、桃井のスーツを黒光りさせている。哀愁漂うその後ろ姿に、塚本は表情を曇らせた。
桃井はここの主人と知り合いだったのだろう。そうでなければ、仕事柄他人の家に無断で入ろうとは言えない。
たとえ主人が居ない家でも。
沈黙の時間が流れ始め、壁を通して伝わる車の騒音が響く。
悲しみに浸る暇は無い。こうしている間にも、日本では桃井と同じ気持ちを抱く人々が増えているかも知れないのだ。
そうは思っても、この空気を自ら断ち切る勇気は無い。
塚本は、そんな自分の不甲斐なさに嫌気がさしていた。
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