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魚が釣れる時と同じような快感を得た亮輔は、
「突然すいません。あまりにもお綺麗で、つい声を掛けてしまいました。ご迷惑でなければ、是非お店にいらして下さい」
と、女性の機嫌を良くする為に安っぽい言葉を並べ立てた。
それは釣りで言うルアーと同意で、高ければ良い訳ではない。その魚に最適な餌であれば、獲物から食い付いてくるのだ。
後は魚に釣られた事を気付かせないよう、そっと引っ張り上げるだけ。簡単な作業だった。
お世辞が上手いのねと笑いながら、まんざらでもない様子。
女性の懐具合を容易に想像出来た亮輔は、薄い笑みの裏で悪魔の顔を覗かせていた。
毟れるだけ毟ってやる、と。
「さあ、早く行きましょう。もっとゆっくりお話がしたいわ」
手に持っていたエルメスのバーキンを肩に掛け、女性が笑顔でやんわりと急かす。
「そうですね、僕も貴女の事をもっと知りたいですし」
恥ずかしげもなくさらりと。事実だからしょうがない。
どれだけ金を落としてくれるのか知りたいのだから。
簡単な自己紹介を済ませ、亮輔は店に向かって歩き始めた。
その半歩程後ろから、ハイヒールの小気味良い音を響かせた女性が付いて来る。
勿論本名は伏せ、晴久と名乗った。俗に言う源氏名である。
女性が何かを喋る度に、亮輔は適当に相槌を打った。話の全てが右から左へ抜けて行く。
大きめの路地を左に折れると、勤め先の看板が見えてきた。
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