258人が本棚に入れています
本棚に追加
敗色濃厚だったところからの逆転勝利。しかも、復帰戦の相手としては申し分ない。
誰が見ても金を持っていると分かるこの女性を連れて行けば、信頼と尊敬をより強固なものに出来るだろう。
光り輝く看板を指差す亮輔の脳内は、同僚から尊敬の眼差しを向けられている自分の姿で満たされていた。
店はビルの地下にあり、大理石の階段が客を歓迎するように入り口まで続いている。
今でこそ見慣れたものの、階段を下りる度に薄暗さを増す雰囲気に、当初は緊張していた。
階段を下り始めたのと同時、
「亮輔さん?」
喧騒に掻き消されそうであったが、確かにそう聞こえた。
振り返ると、客である女性の背中越しに、彼女を見つけた。
風に靡く長い黒髪。腰元まであるだろうか、今時珍しい。
あどけなさが残る顔は、子供がおもちゃを手に入れた時のような表情を作っていた。亮輔に会えた事が心底嬉しかったのだろう、ネオンに照らされた瞳は輝きを放っている。
彼女は亮輔が客と居るのを気にもせず、小走りで近付いた。
「駄目ですよ、安静にしてなきゃ。退院してから3日も経ってないんだし、具合が悪くなったらどうするんですか」
女性の前に割り込むような形で亮輔の側へ来た彼女は、頬を軽く膨らませて怒った。
「千紗ちゃん、何でここに?」
「亮輔さんなら安静にしてないだろうなと思って」
千紗――中村千紗――は、亮輔の問いに頬を膨らませた状態のままで答えた。
が、男心をくすぐるであろうその表情に、亮輔は動じない。
最初のコメントを投稿しよう!