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〈2〉
下車したバスを見送りつつ、鴇田真子は大きく伸びをした。
昨夜は緊張と興奮で眠れず、未だに気だるさが抜けない。
病院では珍しく送迎バスがあるそうだが、早朝である現在はまだ始発が出ていなかった。
幼少時代からの夢であった、看護師という職業。その初日を迎えた真子は、風で乱れる黒髪を手で整えた。
眼前に広がる長い上り坂を、唇を舐めながら見つめる。
歩道の脇に佇む新緑の木々は病院の入り口まで続いており、都会の風景に不釣り合いな田舎の雰囲気を醸し出している。
坂道の多い地域ではあるが、人々に欠かせない建造物である病院がこうも高い場所にあるのは酷な話だ。
バス通りから徒歩で向かうとなれば、10分近く掛かる。
それを考慮しての送迎バスなのだろうが、当然ながら関係者は乗る事が出来ない。
とどのつまり、免許を持っていない真子にとっては、転勤か退職をするまで必ずこの坂道を上らなければならなかった。
蛇を思わせる曲がりくねった坂道を見上げ、真子は深く息を吸い込んだ。新鮮な空気が細胞を奮い立たせる。
ゆっくりと空中へ吐き出し、片手で軽く頬を叩いた。
希望の職に就ける人間など、世の中でほんの一握りだろう。そう思うと、いかに自分が幸せなのかを実感出来る。
遠くに見える病院の白い外観を眺めながら、真子は思った。
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