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こんな礼儀も知らない男が、病院の関係者である筈が無い。
だが、知り合いでは無いし、ストーカーだとも思えない。
「1つ忠告しておこう。ここを辞める気が無いなら、早く免許を取った方が良い。低血圧の君が毎朝この坂道を上るのは体に悪い、体力的にも精神的にも」
スーツの内ポケットからシガレットケースを取り出し、男は饒舌で話を進める。
真子が低血圧だと知っているのは、幼少期からの付き合いである数少ない友人と家族だけ。
そう考えると、ストーカーの線が再浮上してきた。
「その目は、俺をストーカーかその類の輩だと疑っているね」
当然でしょ、と目で訴えて、手提げ鞄を握り締めた。
早朝の閑散とした坂道、自分の身を守れるのは自分だけだ。
「まあそれでも構わないけど、後で謝らないでくれよ? 仕事がやり辛くなるからね」
飽くまでも、病院の関係者として接する気らしい。
ジッポの蓋を閉じた後、男は紫煙を吐き出しながら助手席のドアを開けた。
嫌な予感が汗を滲ませる。
「取り敢えず乗りなよ。代車で乗り心地は最悪だけどね」
余りにも堂々とした誘い方。薄気味悪くて寒気がする。
「どうして私があなたの車に乗らなければいけないんですか」
語気を強めて申し出を拒否すると、男は困った表情を見せ、
「どうしてって、俺が院長だからって理由じゃ駄目かい?」
下らない嘘を付いた。
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