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ひとまず二階の自室へ着替えに戻った俺は、とにかく気が気でない。
パソコンだって、居間にあるだけ。あの母の事だ、配線をどこか抜いていてもおかしくない。日頃穏やかな分、一度怒らせるとトコトン尾を引くタイプ。しかも、手段を選ばない。
息子としては、ひたすら、親父の記憶力に望みを繋げるしかないのだ。
シャツを脱ぎ捨て、顔を上げると、窓の外から覗いている女性と目があった。
ここ、二階。
向こうもびっくりしたように、こっちを見ていた。
何かを話し出した。声が聞こえない、どうしたものかと思っていると、女性の口元がオーバーアクションに変わり、言葉を作り出す。
『あ・な・た・あ・た・し・み・え・る・の』
こくんとうなづいて見せた。
女性がうれしそうに笑う。
その顔が、身近な誰かを彷彿とさせる。
すると、急に真面目な表情になった女性は、真剣な目で俺に何かを伝えようとしていた。
『お・ね・が・い』
『か・の・じょ・に』
と、消えた。
慌てて窓に駆け寄って、外を覗き込むが、何の痕跡も残っていない。
今のは、誰?
かのじょ?
考え込もうとした俺は、大きなくしゃみで我に返る。
まだ上半身裸のまま。先に着替えてしまわないと風邪を引く。
タンスから上着を引っ張り出し、着ようとしていたところでいきなり開かれる部屋の扉。
「啓さん、まだですか?」
俺、まだ上着着終わっていません。
マリィは俺の状態を見ると、顔色一つ変えず無言で扉を閉めた。その後に響く走り降りる足音。
下、はいてて、良かった。
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