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「正室である左大臣家の姫をないがしろにして現(うつつ)を抜かしているような、戯れの恋を興味津々にながめるなんてーー、わたくしは、そんな不謹慎なことをしたくはないわ」
なぜ、あわてたのか?
なぜ、言い訳などせねばならなかったのか?
それを探るため自分自身の心の底に降りてみる余裕などないまま、宮は早口に言うと命婦から目をそらした。
「申し訳ありません。皆が面白おかしく噂しておりまして、それにのせられてつい」
命婦のほうは、ただひたすら宮から叱責されたものと思い込み、しゅんと反省している。
命婦を思いやることができなかった自分を恥じつつ、宮は結局、何も言えず黙り込んでいる。
そんな自分が嫌だった。
何も知らない子供のように思われて、恥ずかしかった。
命婦を遠ざけ、ひとり脇息にがっくりともたれてみる。
そうしながら、つらつら思うに、これは息子を恋人に奪われた母の心境にも似たものかーーという気もしてくる。
これは嫉妬だ。
源氏の君には妻がおり、それだけでなく他にも愛しく思う女性がいる、彼女らに現を抜かすあまり宮のことなどすっかり忘れてしまっている。
そのことが口惜しく、腹立たしく、そして今、宮が以前、君と共有していたあの輝かしい日々を彼女らが過ごしているのかと思うと妬ましくてたまらないのだ。
宮は今、恐ろしくも醜い顔をしているに違いない。
こんな姿を源氏の君に見られたくはない。
君にとっての宮は未来永劫、「さすが宮様」と仰ぎ見られる存在でなければならないのだ。
たとえ君が、宮のことを忘れてしまっていても。
いつかふと思い出し振り向いた時、君ががっかりし、嘲笑してしまうような女に落ちぶれてはいけないのだ。
宮は脇息にもたれていた体を直し、背筋をぴんと伸ばしてみた。
少しは気持ちもシャンとするように思われた。
しかしやはり、どこか虚しく寂しい。
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