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のだ。
そうすれば、宮がいない日々も何とか生きてゆけるに違いない、宮のことはいつか忘れてしまうに違いない、忘れてしまうべきなのだーーーと。
君の生母に似ているというあの人を、父帝はそのまま、「母と思って頼ってもいいのだよ」と言っていた。
実際、初めのうちは父帝の言う通り、母の代わりと見ようとした。
しかし、母と思うには、宮はあまりに若すぎた。
源氏の君より、たった五つ年上であるだけなのだ。
そばにいると嬉しかった。
天から特別な才能を賜(たまわ)って生まれたに違いないと言われる自分ですら及ばない賢さを見せてくれる宮を、君は心の底から尊敬していた。
美しく賢く、やさしくあたたかく。
あれ以上の女性が、この世に存在し得るのだろうか?
実は宮が、君に負けまいと努力を重ねていたことなど君は知らない。
目に見えるものしか見る術をもたぬ十二歳の少年は、一途にその“見えるもの”を愛した。
幸せだった。
その幸せな気持ちに名前をつける必要があることには気付きもせず、ただ宮だけを一心に見つめ、源氏の君は日々をすごしていたのだ。
あの時までーーー父から元服と、そして結婚を告げられたあの時まで。
「源氏の君も、ご結婚なされるのですねえ。とうとう一人前になられるのですね」
幼い頃からそばにいる乳母子(めのとご)の惟光(これみつ)が呑気に言うその姿が、ただただ腹立たしかった。
不機嫌に黙り込む君の姿に惟光はあわてて、必死に君のご機嫌をとろうとする。申し訳ないことをしたとは思っても、源氏の君はすぐに笑顔を取りつくろってみせられるような大人ではない。
それが悔しくて、君はさらに不機嫌になる。
とうとう惟光のそばから逃げ出してしまったのだが、
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