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少年は途端に唇を尖らせて、
「どうして、私が源氏の君だとわかるの?違う者かもしれないよ?」
「わからぬはずがございませんわ。この辺りを我が物顔で歩いていらっしゃる男の子なんて、源氏の君以外にはいらっしゃいませんでしょう?帝がおそばからお離しにならないのを良いことに、宮様のおそばにまで忍び込んでいらっしゃるなんて、いたずらがすぎますよ」
源氏の君といえば、帝の一番の愛し子。
もう十一歳にもなるものを、帝は愛しすぎて片時も手放すことができないほどで、後宮にも連れ歩いているという。
それほどの人に対して、王命婦はずいぶんと厳しい口のきき方をしたものだが、源氏の君はまったく気にしていないようで、にやにやと笑うばかり。
「さ、お帰り遊ばせ。殿方が女人のおそば近くにこのように入り込んでこられるなど、どれほど不作法なお話であるのかを、もうおわかりになるお歳でございましょ?」
命婦は容赦ない。
ところが、つい今までにやにやしていたはずの源氏の君は、命婦の言葉が終わるやいなや、ふっと頬にかげりを作り、悲しげに俯いてみせるのだ。
「ごめんなさい」
源氏の君は殊勝な声で呟いた。
「どうしても、藤壺宮様のお顔を見てみたかったの。だって皆が『宮様は、源氏の君の御母上に生き写しでいらっしゃるのですよ』って言うんだもの。私は亡くなった母上のお顔を、もうほとんど覚えてはいないから。だから」
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