第一輪 少女の理由

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「今日は夜番までは何もないと思いますので、夜までゆっくり体を休ませるなりしてください。散…」 沖田が笑顔で告げると隊士達は肩の荷を降ろし、ぞろぞろと館の中へと入っていった。 もう誰もいないことを確認すると沖田も隊士達に続いて中に入り、自室へと足を運んでいった。 沖田の部屋はきちんと整頓された部屋だった。 小窓が少し開いていて、心地よい春の風が部屋の中に吹いている。彼は襖を閉めるなり隊服を脱いで、丁寧に畳むと部屋を出ようとした。 「…っと…」 腰に大小を差しままだということに気付くと踵を返し、上座へ置く。少し見つめてニコッと笑うと静かに部屋を後にした。 威勢のいい気合いの声を聞きながら騒がしい道場の前の廊下を通り過ぎた。 通る途中、何人かの隊士に声をかけられたが、沖田は笑って返事をしていた。しばらく歩いていく内にだんだんと、静かな廊下が広がっていく。 ふと、ある部屋の前で止まると悪戯っぽく話しかけた。 「土方さん。巡察の報告に参じました。一番隊 沖田です」 しかし、中から返事が聞こえない。沖田はキョトンとした顔で首を傾げた。 「…土方さん…?開けますよ…」 返事がないため沖田は障子に手を伸ばして、すっ…と開けた。 沖田の部屋とは違い、小窓はついてはいるものの、ぴしゃりと閉まっている。 障子が開いたおかげで光が入った。まるでそれに反応したように苛々した声が部屋の隅からした。 「…開けたらさっさと閉めろ…総司…」 「昼間から閉じこもるなんて…勿体ないですよ。土方さん」 机に向かったまま、不機嫌そうに自分に近づいてくる沖田を見上げた。 この男は新撰組副長助僅 土方歳三。 泣く子も黙る新撰組と言われる由縁の一つは彼にあるのではないだろうか…。 彼は隊士達からも一際、恐れられていたのだ。 吊り目だが、どこか色気を帯びた唇。沖田と同じように髪を高い位置に結い上げてはいるが、長さは沖田よりかは短い。服装はいつも袴を履かずに動きやすく着流しだけだった。 「隊の皆さん、いつも噂してますよ。昼間から篭るなんて副長は一体何をしてるのだろうかって。…でも、誰もお得意の詩をうたうとは思わないでしょう」 「…からかいに来ただけなら報告は聞かんぞ」 沖田を睨みつけるが、当の本人はニコニコと笑って怖がりもしない。
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