湧いて出たのは。

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    「ただいまー……。」  しん…、と静まる部屋に浮かぶのは聴き知った声で返事は無い。  一気に気分が落ちる。  凪が一人暮らしを始めてもう少しで三年が経つ。「おかえり。」なんて三年…いや、もっと前から言われていない。  背後で大きな音を立てて閉まるドアが、外の世界と完全に切り離される気がして虚しい。  短い廊下の先には友達さえ滅多に入った事のない寂しい部屋。  ああ、今夜も独りか。何て思いながらノブに手を掛けた。 「…………は?」 「…………あ?」   思わず固まってしまったのは仕方無い。  何故ならば、見知らぬ男が我が者顔で部屋の中に居たから。しかも凄い剣相で凪を見ている。 「し、失礼しました!」  回れ右をして駆け出そうとしたが、あれ?と踏みとどまる。  ――私が逃げるって、おかしくない?…え……ていうか、泥棒……?  凪は頭から血の気が引くのを感じる。  人より臆病な凪は立ち向かう事も、逃げる事さえも出来ずにその場で凍り付いた。 「おい。」 「はいぃっ!?」  肩を跳ね上がらして振り向き、命だけは盗らないでと懇願しようと男を見た。  そして固まった。不法侵入者は泥棒では無く、“侍”の格好をした変人だったのだ。  黒い着流しに、頭の高い位置で一ケ所に纏められた黒髪は肩辺りで揺れている。 腰には二本の刀が差されてあり、見事になりきった身形だ。  更に驚く。  物凄く整った顔をしているではないか……。まるで侍を演じる二枚目俳優のようだ。  呆然と男を見上げていた凪は我に返り、身構えた。  いくら美男でも相手は不法侵入者だ。 「っな、何が目的なんですか、お金ですか……っ?」 「あぁ!?そりゃあこっちの台詞だ!」 「警察呼びますよっ?!」 「あ!?警察!?」  手は施されていないと思われる天然の綺麗な形をした眉を歪ませ、男は凪の目の前まで迫った。  
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