2477人が本棚に入れています
本棚に追加
/98ページ
「ただいまー……。」
しん…、と静まる部屋に浮かぶのは聴き知った声で返事は無い。
一気に気分が落ちる。
凪が一人暮らしを始めてもう少しで三年が経つ。「おかえり。」なんて三年…いや、もっと前から言われていない。
背後で大きな音を立てて閉まるドアが、外の世界と完全に切り離される気がして虚しい。
短い廊下の先には友達さえ滅多に入った事のない寂しい部屋。
ああ、今夜も独りか。何て思いながらノブに手を掛けた。
「…………は?」
「…………あ?」
思わず固まってしまったのは仕方無い。
何故ならば、見知らぬ男が我が者顔で部屋の中に居たから。しかも凄い剣相で凪を見ている。
「し、失礼しました!」
回れ右をして駆け出そうとしたが、あれ?と踏みとどまる。
――私が逃げるって、おかしくない?…え……ていうか、泥棒……?
凪は頭から血の気が引くのを感じる。
人より臆病な凪は立ち向かう事も、逃げる事さえも出来ずにその場で凍り付いた。
「おい。」
「はいぃっ!?」
肩を跳ね上がらして振り向き、命だけは盗らないでと懇願しようと男を見た。
そして固まった。不法侵入者は泥棒では無く、“侍”の格好をした変人だったのだ。
黒い着流しに、頭の高い位置で一ケ所に纏められた黒髪は肩辺りで揺れている。
腰には二本の刀が差されてあり、見事になりきった身形だ。
更に驚く。
物凄く整った顔をしているではないか……。まるで侍を演じる二枚目俳優のようだ。
呆然と男を見上げていた凪は我に返り、身構えた。
いくら美男でも相手は不法侵入者だ。
「っな、何が目的なんですか、お金ですか……っ?」
「あぁ!?そりゃあこっちの台詞だ!」
「警察呼びますよっ?!」
「あ!?警察!?」
手は施されていないと思われる天然の綺麗な形をした眉を歪ませ、男は凪の目の前まで迫った。
最初のコメントを投稿しよう!