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身動き一つするだけでシャンと音を立て身体を飾り彩る権力の証。輝くそれはいくら手中にあろうとも監禁された部屋では意味をなさない。
それでも母は、病の床にありながら飾ることを止めなかった。その気高さは少しも影ってはいないのだと虚勢を張りながら。
私はそんな誇りなんていらない。胸に抱いた決意の方がずっと大切だから。
音を立て、袖を引く豪奢な装飾品など……邪魔なだけ。
「日にも当たれぬとは如何なること。斈の王は病人にもこの扱いを強いるか!」
抜け出そうともがくことをやめていた香凛が、ある時思い立ったように言い放った。身分ある者の物言いはどこか人を従わせる効力を持っており、この少女の場合も例外ではなかった。
「大人しくしていると約束できますならば、窓のある室へとお移りいただけるよう取り計らいましょう」
実際のところ夫人の体調は優れなかったし、それに応じて香凛の態度も大人しくなっていた。そろそろ落ち着いてきたのだろうと判断されたのだ。
こうして母娘は数ヶ月ぶりに日の光を目にすることとなった。
「もう花の季節は終わってしまったわね。銀桂花が開くのは最後の歌だったのやもしれぬわ」
母がぼそりと漏らした言葉に、香凛は窓外を見やる。確かに季節は秋も終わり頃。庭園に即さないこの窓からは、寂しげに色褪せた木々しか目にすることができない。
「けれど母様!冬には雪が降ります。白に染まる景色はキラキラと輝いて今よりずっと明るくなるわ」
香凛はいつものように明るすぎる口調で大袈裟に手を広げて見せる。それでも母の顔が晴れることなどないのだと知っていながら。
窓があるだけで少しは気持ちが晴れた。抜け出せるほど広い窓ではないが、沈みきった母としか会話出来ない毎日よりはずっとマシだ。
朝は鳥を捜して耳を澄まし、昼には光を求めて空を見上げた。
夜の星だけは悲しすぎて願いをかけることさえ出来なかったけれど……。
「まだ実が残っていたのね。よく見つけたわね、偉いわよ」
微笑む香凛に不思議がるように、名も知らない小鳥が首を傾げた。小さなくちばしには赤い実が挟まっている。幾度か葉を揺らしたすえ、巣へと帰っていった。
嗚呼、あの鳥のように自由なら。どんなに捜すことが難しい希望でさえ取ってこれそうな気がするのに。
香凛はもう馴染みとなった窓の桟に肘をつくと、ぼんやり景色を見渡した。
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