王家の紅花

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  血に濡れたままの剣を手に、珠華は長い石廊を歩いていた。 黒い石を積んで出来たこの峯城は、年中どの時間帯であっても変わらず薄暗い。所々に入れられた灯りが影を揺らして、沓がカツカツと音を立てる度に舞い踊っているようにみえた。 「珠華!どうして宗啓様を処刑したんだ!それもまた自分で手を下したそうだな」 影が道化を躍る様だけに目を向けていた珠華が煩わしそうに眉を寄せた。朱く濡れた剣を手にした自分にピタリと付いて歩けるのは、この男だけだろうと思う。 「宗啓様はお前の異母弟(おとうと)なのだぞ?それを詮議途中に自分の手で殺す奴があるか」 大股で歩く珠華に遅れをとるまいと、男は息を荒げてまで追ってくる。 峯王族特有の栗色の髪は僅かに乱れ、官服は乾いた泥に汚れたまま。知らせを受けて急いで来たのだと一目でわかるその様相には、流石の珠華もばつが悪そうに目を背けた。 「我が命に従わぬボンクラばかりだからだ。それに手を下したのではない。槍のように投げたら命中しただけだ」 口を尖らせて言い訳する様子はまるで子供のようだが、その内容は物騒極まりない。 普通の人間ならば縮みあがって遁走しただろう。だがこの男は違った。 「そんなことだから鬼姫だの血濡王だの屍女王だのと言われるんだ!誤解されるようなお前の行動も原因だぞ!?」 「……まて光隆(こうりゅう)。屍女王は初めて聴いた。ゴロが悪くて気にくわぬ。そもそもわらわは屍(キョンシー)みたいに軟弱な顔か?どこで聞いた?すぐに排除せねば」 「だからそこじゃないだろう!聞いてるのか朔珠!!」 勿論この二人の周りには誰も寄り付かない。もし近くを通りかかろうものなら、いつ白刃が舞いやしないかと胃を縮めなければならないだろう。峯の鬼姫を恐れずにここまでずけずけと物が言えるのは彼――光隆だけなのだから。 「ああもう煩わしいっ!理由を述べれば良いのだろう?王の命には素直に従っていればいいものを」 珠華は忌々しげに唇を噛むと、切れ長の瞳を歪ませてぶつぶつと呟く。彼女が俯いたことで、峯王族には珍しい赤髪が豪奢な簪の合間に見え隠れするのが垣間見えた。 「人を殺めるのにはそれ相応の理由が必要なんだ。珠華が王でなければ納得しないだろう?」 納得しないどころかその王さえもたたっ斬りそうだ。そして血濡れた玉座に座りザマぁみろと妖しい笑みを……それでは元の鞘だろう。  
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