王家の紅花

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  その言葉にざわつく一同が鎮まるのを待つと、珠華は豪奢な着物の袖を翻す。その表情は変わることなく、峯王の手を離れた木管が乾いた音を立てて階段を転がった。 絶妙な拍子(タイミング)だ。 静寂を呼び緊張を招く音に、生唾を飲み込む音が聞こえる。 「それがその証拠よ。罪無き者を殺し私腹を肥やす。そんな男を王であるわらわが廃して何が悪い」 流石の大臣も、言葉を失い立ち上がる。年齢を重ねた顔は蒼白になり、長い裾にも何度か躓いて踊り出る。 慌てて拾い上げた証拠(木管)には処断された者の詳細から賠償金に至るまで、小さな筆跡(て)でぎっしりと並び立てられていた。 確かに卯州候宗啓の不正横暴の噂は裏で囁かれてはいた。しかし同等に彼の位や権力の高さからか、自主的にもみ消す者、見てみぬふりに徹する者、おこぼれに預かろうとする者も続出した。 ゆえに玉座に座ったままの王がそれを知るのは、困難な状況にあった筈。地方州候の内情など、その地にいなければ図れないようになっているのだ。 ならば誰がこんなにも詳しく調べ上げ、王に知らせたのか。これほどの力を有しながら宗啓を敵に回せる人物。 幾人かの顔が浮かんでは泡のように消えてゆく。今の峯王は畏れ敬われてはいるが、慕って行動する味方は少ない。長いものに巻かれる金魚の糞を珠華は最も嫌うからだ。 王に惚れ込んで忠誠を尽くすには、珠華は若過ぎ気質が荒すぎる。彼女が男であったならまた違っていたのかもしれない。 歴代に女王が立たなかったわけではないが、珠華のような女王は珍しい。細やかな気配りに長け、励まし導くのが女王ならば珠華はその偶像を見事に打ち壊していた。 豪胆で気位の高い正統な血筋を持つ戦王は男であれば英雄に転じるが、女であるには敵の多い性格なのだ。 故に一同は思う『一体誰が彼女のもとについたのか』と。 「どうした。不服か?その内容は間違っておらぬ筈じゃが」 面白げに笑みを深める珠華の唇が、毒々しい程に紅く艶めいた。燦(さん)と鳴った簪の涼やかな音さえも高笑いをしているかのように響く。 「初仕事の割にようやった、威 玖浪(い くろう)。おかげで塵を払えたわ」 半分袖に隠れた白い指が自らの頬を撫でると、珠華は満足げに言い放つ。その声にざわめきを増した広間に、彼女はなお目を細めた。 威家の名は今も驚異なるか。 その状況を心底楽しむ女王の様子に、光隆もまた驚かされていた。  
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