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威家――。
数々の伝説を残してきた王家の懐刀。
桁外れな強さと頭脳を有しながら峯王に忠誠を誓う一族は、この国ではあまりにも有名だった。自我治世の強い峯にあって、この国が滅ぶことなく王を名乗り続けることの出来た大きな要因とも言われている。
影のように風のように玉座へ続く朱塗りの階段に突如現れたのは、まだ年若い少年であった。
結い上げる長さのない漆黒の髪が表情を隠し、背丈の高い痩身を濃紺の着物に包んでいる。その着物に描かれた威家の紋に、人々の目は見開かれた。
「莫迦な」
誰かが呟いたのに連鎖するかのようなざわめきが起こり、大臣もまた頭上の女王に口を開く。
「これは何の戯れ言ですかな朔珠様」
少し血の気を取り戻した大臣は引きつる笑みに絞り出すような声を乗せた。
「威家はとうの昔に滅んだ筈ですぞ。これは峯国全土が周知の事実」
選んだ王にしか仕えず自らの土地を持たない威家が、王を見限っていかほどになろうか。その力を恐れた当時の峯王に追放され、去った彼等はここ何代も姿を晒すことはなかった。
誰もが書物の中にある英雄の存在を伝説に変えた。威家は滅んだのだと。
「威家の末裔はわらわを頼ってきた。玖浪は最後の威家だそうな。嘘であれ真であれ威家なぞどうでもいいこと。わらわには信じうる家臣が必要だったまで。利害は一致しておろう?」
そう言って舐めつけるように辺りを見渡した珠華に身を震わした者は少なくない。
“ここには信じうる家臣がいない”のだと暗に語ったその言葉が彼等の胸に突き刺さったのだ。
強い女王。
だが孤独で我が儘な女王。
彼女に忠誠を誓う者は本当に少なかった。故に家臣は彼女を見限り独自の信ずる主を選んだ。その多くが彼女の異母弟であった宗啓だったというだけの話。
「近いうちに大幅な人事入替を行う。最早この件に関しては終わったことも同然。文句ある者は今すぐ名乗り出るがよい」
よく通る声には名乗り出る者などいない。珠華はつまらなそうにゆっくりまばたくと、
「おらぬなら朝議は解散じゃ」
玉座を立ち上がった。
珠華が着物を翻し燦と鳴り響く簪の音が消えるまで、誰も身動きが取れなかった。その後に続いて背を向けた少年の背中にある黒き紋だけが、目の奥に潜んで刻まれる。
あの紋が嘘であれ真であれ……峯王珠華は最強の懐刀を手に入れたのだと。
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