王家の紅花

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  ざわついたままの広間から、光隆もこっそりと抜け出し珠華を追う。ようやく彼女に追いついたのは西日の強く差し入る棟内であった。 いくつか簪を抜き取ったのか、珠華の燃えるように紅い髪が西日を受けて更に赤を増して流れる。ゆらりと揺れる様が妖しく映えた。 「その顔じゃ。くつくつ……お主のその呆けた間抜け面が見れただけでも今回は大成功と見ゆるな」 光を受けた薄い色の瞳が琥珀石のように煌めくと、ゆっくり細められて笑みの形を作った。微笑とは似て非なるそれは、今にもニヤリという音が聞こえてきそうだ。 豪華な着物に艶やかな簪、高い気位。女王となるべくして生まれたような彼女の周りには、女官の一人もいない。取り巻きも彼女を守る無数の鋼も――隣に控えるのは先ほど広間を騒がせたたった一人の少年だけ。 肩に届かぬ程の黒髪が表情の多くを隠しているが、覗く鋭い瞳は薄く開くのみ。それは威家の大きな特徴でもあった。 厳しい修行の一貫であるのか、彼らが瞳を見開くことはないのだと。 「珠華!一体どうなっているんだ。どこで威家の少年など……」 光隆が責め寄ったところで、珠華は笑みを深め少年はピクリとも動くことはない。 「わかった。降参だ。お前にはかなわないよ。一体何を考えているのか教えてくれないか?」 肩を落として腕を上げた光隆に満足したのか、珠華はようやく紅い唇を開いた。 代々の峯王は威家との繋がり方を知らされるらしい。先王から受け継ぎ次代へ引き継ぐ。こうして進められてきた威家と峯王家の関係。 それはある時ぷつりと途切れた。 当時の王が威家を追放したのだ。その理由はあらゆる事柄が噂された。王が威家の脅威に恐れを成したのだとか、王家への裏切りが発覚したのだとか。 何にせよその代で亀裂が生じたことにより、固い主従関係は壊れた。威家の消息と共に峯国は懐刀を失ったこととなる。 「それは俺でも知っているぞ?当代様も変わったお方だったから決別理由は未だ闇の中ではあるが」 光隆は自身の手のひらで左目を隠すと、朗々とした声で呟く。これが彼の考える時の癖なのだ。王である珠華よりもなお王家の血を色濃く外見に表す彼の瞳は褐色。 少年はその色を黙って見つめていた。 「実はそれ以降も王家は威家と関わっていたらしい」 故に珠華の言葉に驚く光隆の表情にも、少年は顔色一つ変えることをしなかった。    
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