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『……さぁ、どうしてでしょうね』
城井先生は、そう言って一笑した。
数ヶ月前、初夏の陽光がカーテンの隙間を縫って真っ直ぐに差し込む資料室で、カップから漂う香りを楽しみながら。
『気付いたら、相模(さがみ)くんが視界に入っているんです。どうしてでしょうかね』
湯気の奥の微笑は、どこか妖しかった。
城井先生が同性に惚れられている、という先入観があったせいかもしれない。
日々の雑用によって蓄積された憤りなんて、そうめんのように流れ去り、
数分前に自分が発した、“どうして俺に雑用を頼むのか”という質問なんてどうでもよくなって、
あのときはつい、城井先生はアチラ側の人かと疑ってしまった。
人気の少ない旧校舎の片隅で、本気で貞操の危機を感じたのである。
けれどそれは、杞人が天を憂えるが如し。
俺の焦りを察した城井先生は、呆れ、失笑した。
『誤解しないでください。私には、忘れられない女性がいるんですよ』
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