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『へぇ。恋人ですか?』
気が緩み、思ったことがポンと口をついて出る。
このときの俺は、自分の言葉の軽率さに気が付いていなかった。
目の前の表情から笑みが消失し、すぐに後悔する。
城井先生の言葉を吟味すれば、ワケありだと、すぐに分かったはずなのに――
城井先生は目を伏せて、静かに言葉を紡いだ。
『恋人……ではないですね。昔はひどく愛していました。でも今は…………それと同じくらい、恨んでいます』
人は誰かを想うとき、こんなにも哀しい表情を浮かべることがあるのかと――俺はこのとき、はじめて知った。
「ところで、相模くん」
――この日。
いつもの掴み所のない笑顔で、城井先生は俺を呼び止めた。
運んできたノートはコピー機の上でどっしりと安定を保ち、城井先生の採点を今か今かと待っている。
ダージリンティーは入ってきたときと変わらず湯気を立てていて、マスカテルフレーバーが鼻をくすぐる。
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