第壱章/義勇軍

35/36
前へ
/120ページ
次へ
14世紀の小説、羅貫中『三国志演義』だ。 実にこれは蜀漢がヒーローとして描かれたものだ。蜀漢を正義とし曹魏を悪とした物語になっている。 日本に三国志が入ってきたのは16世紀ほど。 正史より演義の方が先に日本に入ったのだ。 16世紀…世は群雄割拠する戦国時代である。 関羽より張飛が強い象徴であり戦国最強武将本多平八郎忠勝を信長は「日の本の張飛だ」と誉めたと言われている。 劉備、曹操、孫権の三つ巴となり三国はそれぞれの志に邁進していくのだ。 「燎嵩、先が分かるのだな。やはり普通の人ではないな。その力、私の、いや、皆の為に貸してくれ。先に進む力を我らに貸して欲しい。私は皆に頼り過ぎて大局を見ることが出来なかった。欠損した部分を早く気付いていたなら、もっと早くにこの地を得ていたやもしれん。皆に申し訳ない。」 劉備の想いもわからなくもないが、物事にはやはりターニングポイントがある。それが40半ばだっただけ。 人はターニングポイントを迎えて方向を見直す。『時』がまだ若い頃の劉備には来ていなかったのだ。 ようやくその『時』が来たのだ。 ―てぇ、特殊能力みたいに言わないで下さい。超能力有るわけない。1800年後から来ただけです。― 何かホント龍にされている。 「劉備様、多分劉備様の分岐点が40半ばだったと思われるので、早い段階で動いても劉備様には実りあるものにはならなかったと思います。お気になさらずともいいかと。」 燎嵩の言葉に劉備はキョトンとしていた。 ちょっと考えて頷いていた。 「なる程。しかし遅い分岐点だな。」 「ですね。曹操、孫権に比べたら遅いですが、志や機、示す方向性が違えば致し方ないかと。いい方向に考えては?大器晩成とか。」 ふっと劉備は笑った。 大分年下の子供に自分が慰められてしまうとはと苦笑がでてしまったのだ。 「ありがとう燎嵩。気が楽になったよ。渦のような不安が時折訪れるのだ。先が分からない分、身の寄りどころがない分、追い詰められたように。地を得た今でも。不透明感とは恐ろしい。」 劉備の切迫感は燎嵩でも理解できる。 燎嵩の世界でも状況や時代が違っても身の置かれた立場は変わらない。 先の見通せない状況、周りに追い立てられるような切迫感、明日が見えない不安感。漠然とした状況すら見えない不透明感。 「足場が確かなら、人間安心して進めます、でもそんな確定した足場はありません。
/120ページ

最初のコメントを投稿しよう!

756人が本棚に入れています
本棚に追加