嫌じゃないだろ?

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弁当を広げてみるものの、あたしはこの部屋で食べるのが落ち着かなかった。運動部のこういう雰囲気を生で感じたのは初めてだったから。 バットやボールが用具入れの隙間から見えて、グラウンドを整備する道具が壁に立て掛けてある。 「弁当誰作ってんの?」 「いつもはお母さんだけど今日は自分で」 「千紗の弁当いつも美味そうだよな」 「今日はもっと美味しそうでしょ?食べる?」 「うん」 「ピーマンの肉詰めがオススメ」 悠生くんの箸が伸びてきて、あたしのピーマンを口に運んでいく。 「美味い。お前いいじゃん、上手」 「ありがとね」 フルーツまで悠生くんにさらわれたけど、それも嬉しい。部屋はちょっと寒いけど、こういう暖かい時間が好き。付き合う前からこんな時間を望んでいた。 「寒い?何か着る?」 「んーん、いいの。あのね、悠生くん、本当はあたしと一緒に食べたくなかったんじゃない?」 「誘ったの俺じゃん」 「でもさっき、困ってた」 「松田たちが冷やかすから。嫌な想いさせたならごめん」 「昨日は良かったの?あたしをバッティングセンターに誘ったのは」 「あれも松田の冷やかしの一部。弁当一緒に食うのはやっぱ恥ずかしいだろ」 「なんか付き合ってるって感じだもんね」 「もっと付き合ってるっぽいことする?」 「どんなこと?」 あたしは笑いながら悠生くんを見た。悠生くんも無駄にニヤニヤしてこっちを見てる。 悠生くんがあたしの腕をつかみ、身体をこっちに乗り出す。あたしも身体を乗り出せば、恋人の形は完成する。 「千紗?」 「なんか、こういうの、恥ずかしい」 出来なかった。自分から悠生くんにキスするなんて。さっきまでは笑いながら悠生くんの顔を見れたけど、もう見れない。多分真っ赤な顔になってるだろうあたしは、ただ顔を伏せた。 パイプ椅子から乱暴に立ち上がる音がして、足音が聞こえる。悠生くんがこっちに来る。 「千紗、嫌じゃないだろ?」 ちょっと強引。でもそういうところ嫌いじゃない。 あたしの顔に手を添え、あたしの横に膝を突いた悠生くんの方を向かされた。 あたしはその手に自分の手を優しく重ねた。嫌なわけじゃない。あなたが好きだという気持ちを込めて。 それが伝わったのか、目の前の悠生くんと唇が重なった。そしてぎゅってされた。 抱きしめ返せばもっと抱きしめてくれる。すごくドキドキするのに何でか落ち着く彼の腕の中が大好きになった。
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