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水族館の入り口前で軽く口論になった。
その原因は――あたしが財布を出したから。
だって、ここまで連れて来てくれたし、ご飯だって虎狼の家でご馳走になったのに。
これ以上迷惑は掛けられないじゃない。
「今日は、月華の一日遅れの誕生日なんだから。俺に出させてよ」
必死な様子でそう言われれば、もう引き下がるしかなくて、素直にお礼を言ってお金を払って貰った。
「俺が誘ったのに、これで月華に出させたらマジカッコ悪いよ」
お金を払いながら、そう呟くと恥ずかしそうに笑う。
それから暑いのか、ジャケットを脱いで手に持った。
そんな虎狼の綺麗な笑顔に、窓口に座っていたお姉さんも見惚れていて、恍惚といった表情で彼を見上げていた。
「虎狼っ…行こう」
「え、あ。うん」
あたしが促すと、慌てたように頷く。
もう…少しは自分が凄くカッコいい事自覚して欲しいよ。
あたしはパンフレットだけ貰い、お金を払うのに離された手を自分から繋ぎ直した。
海の中を連想させる水族館。
沢山の水槽が並び、水の中にいる錯覚とよく効いた空調とで少しだけ肌寒い。
上着持ってくれば良かったかな。
繋いでいない手を無意識に肩に手を置いて、暖めようと擦っていると、パサっと何か掛けられた。
香水がほのかに香った。
虎狼の着ていたジャケットがあたしの肩を覆う。
「邪魔になったら返してくれればいいよ」
「…ありがと」
そんな優しさが嬉しくて虎狼を見上げると、彼の手があたしの頭を撫でる。
それから軽く手を持ち上げて、普通に繋いでいた手を恋人繋ぎに握り直された。
ぎゅっと握るその強さが嬉しい。
「イルカショーは14時からだって。月華、観たい?」
「うん!観たい」
パンフレット片手に場所を確認する虎狼を見上げて微笑んだ。
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