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「こ…」
「虎狼?」と名前を呼ぼうとして見上げた時。
ぐいっと手を引っ張られて、一歩前に出た虎狼と水槽の真ん中に立たされる。
え――?
目の前に飛び込んできたのは、虎狼の広い背中。
「宿世君」
「あぁ、本当だ」
「こんなとこで会えるなんて、運命なんじゃないの?」
鼻に掛かったような、甘い猫撫で声。
ざわざわと人が行き交う夏の水族館の中で、彼女たちの声に虎狼が小さく舌打ちしたのが聞こえた。
「先輩方、今日はお揃いで遊びにいらしたんですか?」
聞いたことのない硬いトーンの低い声で、近づいてきた彼女達に話しかける。
虎狼、知り合いなの?
でも、こんな声――聞いたことないよ。
恐る恐る顔を盗み見ると、そこには何だか冷たい微笑みが能面のように貼り付いていた。
あたしに向けてくれるような、心臓を掴まれるような――優しい瞳じゃない。
感情の感じられない、冷たい瞳。
虎狼、どうしたの?
何故だかその瞳が怖くて、身を少し小さく隠した。
「奇遇ね!こんな場所で会うなんて」
会話から察するにどうやら虎狼の先輩らしい。
という事は、あたしの先輩にもあたるのかな?
虎狼は――ずっと聖徳のはずだもんね。
「いえ、1人ではないですけど」
「そうよねぇ、宿世君ほどの人が休日にこんなところに一人だなんて、ありえないわよね」
クスクスっと嫌な感じの笑い声を立てて、真ん中に立っている人が、粘液のようなねっとりした表情で虎狼を観る。
三種三様の個性の強い香水の匂いが混ざって、鼻腔を酷く刺激した。
何だか強い匂いって、――気持ち悪い。
思わず鼻を手で覆ってしまう。
「そのこ、うちの学園の子?」
背の高い人が、目ざとくあたしの事を訊いてくる。
「えぇ、まぁ」
曖昧な返事をしながら、答える彼の声は固い。
それを言い終わるのと同時くらいに、虎狼ごしにあたしへの罵倒の声が聞こえた。
「ぶっ細工」
「まだ楓の方が良かったんじゃなくて?宿世君」
侮蔑の視線が、ビシビシとあたしに降りかかる。
何よ…こいつら。
楓?
そんな人、知らないんだけど。
眉根を寄せて、虎狼の背中から顔を出したい衝動に駆られた。
「先輩方?」
虎狼の声が一層鋭くなる。
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