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翌年の母の誕生日、僕はしゃぼん玉を持って母の元に向かった。
病院は地方のひっそりとした山奥に建てられている。
都会の叔母の元に居た僕が母に会いに行くのはとても大変なことだった。
だからこそ僕は母に会うのを本当に楽しみにしていた。
それなのに…
―だれ?―
すっかり痩せて一回り小さくなった母の言葉に僕は氷り付いた。
―わからないの?―
問いだす声が震えた。
母は不思議そうに僕を見つめていたが、やがて興味を無くしたかのように、ぼんやりと外を眺め始めた。
僕はどうしていいかわからなかった。
何と言っていいのか分からず押し黙る。
しゃぼん玉とんだ…
屋根までとんだ…
懐かしい母の歌声。
胸が苦しくなり僕は逃げるようにその場を去った。
あの日どうやって家に帰ったのか憶えていない。
何もかも忘れてしまいたかった。
いったい何がどうなったのだろう。
今日は僕達の約束の日だと言うのに。
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